大森氏をたずねて・・・乗光寺(静岡県)

大森氏をたずねて
06 /03 2016
大森氏が気になる・・・
のは郷土史ラブな小田原人としてごく自然な流れなのかもしれません。

近頃、保田宗良氏の「岩原古城と住民」を読むことができて
気になる・・・ が なるほど~ に変化し
北条氏そっちのけで大森氏に思いを馳せる時間が更に長くなってきております。

ただなんかもう、かなり難解な「なるほど~」なんですけどね。



静岡県小山町の乗光寺は大森氏の菩提寺だそうで大森氏六代の墓があります。

応安5年(1372)大森頼明による開基。
北条氏によって大森氏が追われた後に荒廃、焼失、正保元年(1644)子孫大森頼直が現在の地に移建。
一族の墓もここに移しました。




乗光寺付近の地名は「生土」(いきど)といい、寺の西側の城山に生土城がありました。

生土城については詳しいことは不明なのですが、
大森頼明が築城し、応永23年(1416)上杉禅秀の乱の折には鎌倉公方足利持氏が数年滞在したとか。
公方様をお迎えし、周囲に「上屋敷」「下屋敷」「城下」などの地名が残ってることからそれなりに立派な城だったと窺えます。

ややこしくなるので簡単に書きますが(;^ω^)
大森山(御殿場線岩波駅あたり)に住み大森姓を称した(鎌倉幕府成立頃)大森親家から代々勢力を伸ばし(御殿場線沿いに)、
八代目大森頼明の頃にはここ駿河小山駅まで来ていたということ。
ここからいよいよ岩原、小田原に進出!ってわけです。

城山から西に川を越えたあたりは藤曲という地名で、大森氏が分家とした藤曲氏の屋敷がありました。
地図から見ると生土城の館としては乗光寺付近より藤曲屋敷の方がいいんじゃないかという気が。

まぁ、公方様がいらした場所なので乗光寺の方も藤曲も臨機応変に開発活用していたのかもしれません。
となると、ここら辺一帯ってかなり広くて堅固な城塞だったのかな?

生土城も藤曲屋敷もまだ行ってないので
次の機会にじっくり見て回ろうと思ってます。


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乗光寺は元々は山北町平山にあり、江戸時代にこの地に移建されました。


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お寺までの道がかなり急坂で、墓地もこのような斜面に造られています。
迷ってしまって上の方まで行ってしまい、見降ろして「あ、あそこじゃん~」と気づきました。


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大森六代の墓

上の説明板ちょっと読みづらくなっちゃってますが、
「六基の墓は大森信濃守頼明、その室、頼春、氏頼、実頼、藤頼六基である」と書かれています。

一番大きいものが頼春でしょうか。
頼春の跡を継いだ憲頼がいないのはなぜなのかしら?


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こちらの小さめの墓は説明がないので誰ものかわかりません。
次に行ったらお寺の人に聞いてみよう。

周りにある丸いものは無縫塔、卵塔と言って歴代住職の墓になります。


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墓地からの眺めが素晴らしく気持ちいい。
ここの檀家さんが羨ましいです。



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