小田原城総構その2・・・早川口二重戸張

おだわら散策
01 /08 2016
総構その2です。

総構を書くにあたって改めて現地を歩いてみて、その壮大複雑な様に再感動
というよりはわからないことが多過ぎて頭ウニウニで気持ち悪くさえなってしまってる私です。

ほんとにもぅ
史跡を普通におぉぉ~っと見るのと「なんでだろう?」って考えながら見るのは大違いですよね。

って、言ってる意味が自分でもよくわかりませんけど(笑)


今回は早川口二重戸張。

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小田原市歴史的風致維持向上計画「小田原城の構成と範囲」より

ピンクの○部分が遺構。
二重戸張は「ふたえとばり」と読み二重の土塁と堀のこと。
西側の総構には3か所の二重戸張があったのですが現在遺構が見られるのはここ早川口だけです。

この二重戸張は虎口なんですよ。
上下に開放口があるので、あぁ虎口なんだな~と想像できますが・・・

二重部分が長いっ 長過ぎません?板橋見附のすぐ下から早川口までざっと200m以上。
こんな長い虎口は他で見たことありません。

敵を防ぐにはいいけど普段ここから出入りするのは大変だったでしょうなぁ。
入るにも出るにもダダダーッと200mですよ。

そもそも
総構全体を見てると東側と比べ西側がものすごく複雑なのはなぜか?という疑問が。
いくら箱根側の守りが重要だからって東や北から敵が来ないわけではないし・・・
単に主郭に近いからという理由ならもっと範囲を広げちゃえばいいじゃないかと。

などと考えてたら夫が「だって秀吉は西から来るじゃん」
た・・・確かに秀吉は西の人だけど
必ず西から来るって限らないじゃん ぐるっと回って東から来たらどうすんの 他の部隊だっているしっ

「東側は北条の味方がいっぱいいるじゃん」
た・・・確かにいっぱいいたけど
次々と倒されたり寝返るかもって予想するじゃない 東が安全ってことはないじゃないっ


(*゚0゚)ハッ 全部二重にしちゃえばいいんだ。
いや、それでも危ない。
こうなったら三重の堀、三重戸張ってどうよ。
出入り口をこう交互に迷路みたいに作って敵が来たら隠していつまでもグルグル回って入れないようにしちゃうの。
スゴイ!氏政様この案受け取って~

「でも、上から越えられたら何にもならないよね」


まぁ、夫婦で話しててもこんな低レベルの議論しかできません。教えてエラい人。


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遺構入口の説明板。
文久図が使われてますが文久図では二重に描かれていません。

なお駐車場はありませんので、小田原城から15分ほどの徒歩になります。


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遺構入口。
明治時代に山縣有朋の側近、因藤成光の屋敷になっていたので今でも庭園の面影が。


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早川口側の先っぽの方が遺構として残されています。
いきなり目に入るのは外側の土塁。


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これを見て二重の土塁だとわかる人は少ないのではないかと・・・
私は子供の頃はお金持ちのお庭の跡としか思っていませんでした。(実際そうだし)

土塁と堀を活かした流水庭園だったそうで、今も所々に庭石が残ってます。


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外側の土塁は高い所で2.8mほど。


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遺構奥から入口を振り返ると、なんとなく・・・二重だったのかな・・・と。


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遺構外側から見ると土塁の高さが実感できます。


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土塁に沿って小田原用水の支流が引かれてます。
今は暗渠ですが

hayakawai10.jpg

遺構を過ぎたあたりで小田原用水が顔を出します。
今でも地域の人達が大切に使用、清掃してくれてるんですね。

うちの前にも昔は小田原用水が流れてまして(現在は暗渠)
子供の頃私は2回、妹は3回くらい落下してます。
きっと昔の人達もよく落ちたことでしょう。
皆さんも小田原用水を見学する際は落下にご注意くださいませ。


この先、用水沿いに進むと早川口から荒久に出て海岸沿いの総構に至ります。


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