下田城(静岡県) 北条伊豆水軍めぐり

静岡県
10 /04 2017
近頃は村上水軍が大人気で、つい先日も「英雄たちの選択」で村上武吉やってましたね。面白かったです。
でも私にとって水軍と聞けばパッと浮かぶのはやはり北条の三浦水軍と伊豆水軍でして。(&しつこい里見水軍)

三浦水軍はその名の通り三浦半島の新井、三崎城や浦賀城など、
早雲が三浦氏の城と水軍をほぼそのまんま手中にして里見に対抗したものです。

伊豆水軍もその名の通り伊豆半島。
三浦水軍が北条氏初期から組織されていたのに対し、伊豆半島は甲相駿三国同盟により戦乱の少ない土地だったので、
本格的に編成されたのはずっと遅く天正期になってから。
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歴史への誘い戦国ロマン漂う下田城址「下田城の保存を推進する会」より 後北条氏の支城網)

北条氏の伊豆半島の支城図。長浜城~下田城まで西伊豆にぐるっと水軍城が置かれています。
長浜城の築城あるいは改修が天正7年(1579)下田城が天正16年(1588)と、秀吉の小田原攻め(1590)の前に大慌てという感はありますが、
それぞれに強力な土豪がいたので水軍編成は「お任せあれ!」 あっという間にできたんじゃないかと。


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伊豆水軍のメイン基地だったのは下田城。
城主は伊豆衆筆頭の実力者 清水康英 クン
氏直からの絶対的な信用により城を任されていました。
多勢に無勢の秀吉軍に伊豆水軍城のほとんどが即降伏、戦わずに逃げたりしてますが、唯一下田城だけが50日に及ぶ籠城戦を戦いぬいています。

現在は下田公園となっていて一部の破壊はあるものの、曲輪や堀跡などは良好に残されています。

ただ、下田駅近くに怪しい天守閣「下田城」があるせいで本物の方の認知度が低いのが残念。
あちらのネーミングだけでも変えてもらうことはできないものでしょうか・・・

あと、いまだ発掘調査がされてないのも残念ですよね。


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城碑の建つ場所はかつての船着き場でした。今も道路を挟んでこのような気持ちのいい光景。


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下田城のいいところの一つは説明板の充実ぶり。
市史跡にしか指定されてないのに素晴らしく親切です。どこぞの城も見習ってほしい。


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こんなのもあります。わかりやすい~


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天守台前の城碑。
城のある半島が鵜島というので鵜島城と呼ばれていたこともあったそうです。


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こんな詳しい解説もあります。
なんだか説明板めぐりみたいになってますが(笑)

これだけあれば下田は開港や黒船やお吉さんだけじゃないんだっ ってわかってもらえますよね。


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「下田城の保存を推進する会」のHPで上の復元図を見れます。(このHPも素晴らしい)

中央の広い曲輪が天守台跡のある主郭。
赤根島の入り江には下田海中水族館があります。


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天守台跡。柱穴が残されています。


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素晴らしい堀の数々。。

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観光地の公園なのによくこれだけの堀が残ったものだと不思議です。


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もちろん堀の説明もバッチリ。

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公園化されてるとはいえ敷地は広く高低差もあるので(比高60mくらい)決して楽ではありません。
全部じっくり見ると2時間はかかるかも。


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志太ヶ浦展望台からの絶景。
こちらの海岸線はほとんど改変がないので昔と同じ景色が見られます。

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これぞ伊豆。
城址に関係なくおすすめのスポットです。


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