悪犬退治と笹子地蔵

大森氏をたずねて
07 /29 2017
板矢長者の続きになります。

大森頼明が内山城を築く100年以上前に塚原に移住していた大森某がいて、その子孫が頼明の西相模進出を手助けしていた。
「玉峯山長泉院来由記」などの資料からそう考えることができる、という保田宗良氏の見解により
私の「河村氏や松田氏ヤバくなかったの?」というモヤモヤは少しスッキリしたのですが、
それにしてもどう手助けしたらあんなところ(内山)に陣取れたんでしょうね。
玉峯山の大森一族ってそんなに強力だったんでしょうか。

さて、「玉峯山長泉院来由記」では最初に大森某、つまり板矢長者による悪犬退治の話が出てきます。
この悪犬、山犬は長泉院と大森氏と切っても切れない関係で、
この犬がいなかったら話は進まない、玉峯山=犬! くらい重要な存在のワンコなんです。

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板屋窪 玉峯山長泉院参道入り口

弘長2年(1262)の頃、玉峯山に恐ろしい山犬がいて人々を悩ませていた。
狩ろうとしても不思議な力で目をくらませ猟師をかみ殺し、ついには里に下りて人を襲うようになった。
人々はすっかり怯え野良仕事もままならない状態だった。

ある時、板矢長者の夢に黄色の衣を着て玉の鉾を持ち、高鼻、両眼光り輝く老人が出て、
「我は当山の守護神である。この難を救ってあげよう。恐れるる事なかれ。」などと言うので
長者は感激して人々にこの話を聞かせた。
人々も喜び、勇気を出して退治しようと、長者を先頭に山に入った。
ところが山犬がいつにも増して猛々しく襲いかかってきたので、なんと長者一人を残して全員逃げてしまった。

山犬は長者に飛びかかり、もはやこれまでか 
のところで空中より金色の光が放たれ、犬は身動きできなくなってしまった。
そして夢に見たあの黄色の衣の老人が忽然と現れ、何やら呪文を唱えると犬は気絶してしまった。

老人は犬を笹子山まで引きずっていき、大天狗のようなその正体を現し、しばらく石の上で休んでいたかと思うと金色に光りながら飛び去ってしまった。
その際、光が犬を照らすと犬は石に変わってしまった。
長者はこの山の守護神に深く感謝し祠を建て、黄色大権現宮と崇敬した。



黄色大権現というのは金毘羅大権現の分身で、板屋長者がこの地に来るよりずっと昔、6世紀ごろから玉峯山に祀られていたそうです。
長泉院が建立されるのは1470年ですが黄色大権現=金毘羅大権現のお堂は以前からあって、
板屋長者の頃と位置は変わってないと思われます。

それで、来由記によると
山犬を呪詛して捕らえた場所を犬縊、その付近を犬峠、犬を引きずって止まったところを地蔵石
山犬が石になったものを鑵主石、黄色権現が休んだ石を天狗石・・・・・

と、ここに書ききれないほど犬と黄色権現に関する旧跡が紹介されてます。
もう多過ぎて混乱してしまうほど。



山犬が引きずられていった笹子山は玉峯山の南。
昭和50年代だったか、笹子山全体がグリーンヒルという分譲地になって深い山だった当時の面影はなくなってしまいました。
ですが黄色大権現が山犬を石に変えた場所は笹子地蔵として今も残されています。


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笹子地蔵入り口。
看板が小さいので気をつけてないと見落としてしまいます。

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笹子地蔵は湧水が有名らしくて(でも地元の人もあまり知らない)
大森氏や山犬伝説のことは99%知られていません。


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道路から入って数メートルでこんな素敵な場所に。

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山の斜面にたくさんの石碑が散らばってます。

地域の方が手入れされてるのでしょうか。紫陽花が綺麗です。


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湧水はこんな感じ。
狭いのでちょっと汲みにくそう。


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上の方には石を切った跡が見られます。
矢佐芝の石丁場が近くにあるので、この辺からも石を切り出してたんでしょうね。
南足柄も石丁場が多いところです。


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矢穴のある石


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笹子地蔵のお堂


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鑵主石や天狗石はここにあるというのですが・・・ 全然わかりませんでしたっ
石ばっかなのでどれがどれやら。。
なんとなく犬っぽい石もあったんだけど小さ過ぎるかな~ とか。犬と言うよりアザラシかな(笑) とか。

南足柄市でこの先整備する予定があるのでしたら是非!石の説明書いてほしいです。
特に地蔵石というのは大変霊験あらたかだそうですので、わからないなんてもったいない。
あ、それより笹子地蔵の説明板欲しいなぁ。湧水だけの地蔵じゃないんですから~


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笹子地蔵からほんの少し上にこんな石垣がありました。
元はこちらにお堂があったのでしょうか。


なお、犬縊や犬峠という地名も私が調べた限りでは場所はわかりませんでした。
今も名前が残ってるかどうかも不明。
来由記におおよその距離や方角が書いてあるので、今度自分で地図を描いて(できるのか?)考えてみようと思ってます。


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