「北条幻庵顕彰会」設立記念講演会

イベント、博物館など
02 /06 2017
2月4日(土)に小田原市久野区民会館で「北条幻庵顕彰会」の設立記念講演会がありました。

講師は小田原地域の郷土史や自然学で著名な田代道彌先生。
ポスト広告で連載中の「小田原城さんぽ」を毎回楽しみにスクラップしております♪

講演会のことは先月末にある方からお知らせいただきまして、タウンニュースで紹介されたのもその頃。
関係者以外には急な告知であったように思われたし、場所は久野区民会館、対象は幻庵ですので、
果たしてどのくらい人が集まるのか・・・とちょっぴり不安だったのですが、行ってみてびっくり。

久野保育園の駐車場は奥の野原まで車がギッシリ~
会場では次から次へと人がやって来て座りきれずに椅子が追加される~
70人くらい集まればという予想をはるかに超えて120人ほどの方が参加されたようです。
「大盛況ですね」という嬉しそうな声が飛び交っていました。


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幻庵屋敷想定位置図、野崎廣太(小田原三茶人の一人、号は幻庵)の茶碗、幻庵の一節切(レプリカ)

そして有名な「幻庵おぼえがき」

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幻庵の肖像画、所縁の掛け軸


田代先生のお話は日本庭園の概念に基づいた幻庵庭園の歴史的価値、見方、
加えて幻庵が文化人として残した業績などなど。

浄土式庭園とか禅院式庭園とか三尊石とか、
あちこちで日本庭園をよく見てる割には無知のため全然意識してなかったので大変勉強になりました。
私ったら何にも知らんのに「きれ~」「のんびり~」ってボケーっと歩いたり座ったりしてただけで。
あぁ・・・もう一度行きたい平泉の毛越寺。
今だったらもうちっとマシな見方ができるはず!


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こちらが現在わずかに残されている幻庵庭園の池。
去年の夏に撮ったものですが今はもうちょっと汚れてるような(笑)

秀吉の小田原攻めの後、幻庵屋敷はどうなったんでしょうね。
総構の外とはいえ一つの城郭に匹敵する規模のあった屋敷(久野城)ですから、
ある程度は破壊されちゃったのでは?という悲しい想像が浮かんできます。

稲葉氏の小田原城主時代、一族の稲葉休山という人が幻庵屋敷跡を気に入り隠居地としたそうで、
その頃にはまだ庭園は残っていたようです。

数年前に久野小学校前で鮮やかなV字の堀が発掘されて話題になりました。
他はまだ2ヶ所でしたっけ?そのくらいしか発掘がされてないので今後の調査が待ち遠しいところです。
でもその前に早く文化財指定されねば。


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上の幻庵屋敷想定位置図を拡大したものです。
(出していいのかどうかわからないのでわざと小さめ画像で。マズかったらご連絡ください。)

これを見ると外郭の堀がそのまま堀道として残った箇所も多いようです。
よーしっ この地図もって明日は久野を散策しよう!!と張り切って準備しましたら・・・雨であえなく断念。

でも来週行きますよぉ~たぶん。


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講演会の最後に小田原市会議員であり尺八演奏家でもある大村学さんが幻庵の一節切の音を聞かせてくださいました。
なんでも鑑定団で150万円と評価された幻庵の一節切を持ち主にお願いして買い取ったそうです。
(黒板の数字は買い取った額^^)
持ち主は黒田官兵衛家臣の末裔で、小田原開城の際に官兵衛に譲渡された宝物の一つではないかということ。

吹いてるのはレプリカで、本物は天守閣に展示されてます。

一節切って尺八よりずっと短くて音色もシンプル。
間近で聴くのは初めてだったので感動しました。


それとですね、田代先生をはじめとして地元の方が幻庵を「げんなん」と発音してて驚きました。
久野では親しみをこめて「げんなんさん」もしくは「げんないさん」と呼ぶそうです。

そういえば江戸時代後期の囲碁棋士、井上幻庵因碩も「げんなん」。
nの後の母音がどうのこうのってアレですよ。

うーん、、私もこれからは「げんなん」と呼ぶことにしよう。


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