花倉の里 偏照寺と長慶寺

静岡県
12 /29 2016
花倉城の周辺、花倉の里には当然ながら今川氏関連の史跡が多く、
偏照寺と長慶寺には一族の墓が残されています。

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藤枝市観光ガイド 花倉城跡コースに加筆)

藤枝市観光協会で位置関係がわかりやすく尚且つかわゆいMAPを発見。
藤枝駅からバスも含めて3時間ほどのハイキングコースになってます。


この偏照寺の前面に今川氏の居館があったと言われています。

花倉城は居館の詰城だったわけですが、偏照寺の裏山にもう一つ山城があって(偏照光寺城)堀や曲輪が確認できるそうです。
寺の私有地らしいので、山に入る際には許可を取ってくださいとのことです。(私は未探検)


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偏照寺

背後に見えるのが偏照光寺城のある山ですね。

寺の縁起によると古くは偏照光寺といい、延文元年(1356)駿河今川氏2代範が居館や花倉城建設に伴って建立。
当時は大伽藍を持つ大きな寺だったそうです。
今川氏の氏寺として一族男子の教育の場でもあり、花倉の乱で敗れた玄広恵探もここの僧でした。

花倉の乱で大伽藍は焼失、さらには武田氏の侵攻により灰塵と化し・・・
その後、地域の人達の協力もあり再興、現在に至るまで今川の法灯を静かに伝え続けてきました。


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本堂から寺の前を眺める。

かつてはここに大伽藍が、その周囲に居館がありました。
現在は一帯は田園となっており、寺や館の遺構は全く残されていません。


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今川範氏と嫡男氏家の墓。


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丁寧な説明板があります。
氏家は範氏の死の1年後に亡くなってるんですね。
早世してたから弟の泰範が家督を継いだのかと勘違いしてました。なにやらここにも陰謀の匂いが。。

江戸時代に裏山が崩れて古い墓地は埋まってしまい、2人の墓は昭和48年に本堂の床下から発見されたそうです。
見つかってよかったです。


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こちらは長慶寺。

偏照寺から徒歩15分ほどの下之郷という地区にあります。
偏照寺と共に氏寺として栄えた寺でした。

開基は3代泰範。範氏の次男です。


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今川氏没落後は偏照寺同様荒廃してしまいますが、やはり檀家さん達の尽力があり再興されています。
お庭が綺麗。。


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長慶寺には泰範と太原雪斎の墓があります。

本堂左手に立派な案内板が建ってます。
なんか、お寺にこういうのあると安心して探検できる(笑)


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左の五輪塔が泰範の墓、右の小さい無縫塔が太原雪斎の墓。

無縫塔というのはつるっとした卵型の塔のことで、主に僧侶の墓に使われます。
よくお寺に無縫塔がたくさん並んでる区域がありますが、あれは歴代住職の墓です。

今川10代を知らなくても太原雪斎を知らない人は少ないようで、この墓はとても人気があるとか。


花倉を歩いてると今川氏のこともっともっと知りたくなっちゃいます。。


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